SPECIAL 特集 Actor×Translator Numero 1 2018.08.09 ロンドンで過ごした衝撃の11日間 2016年5月、僕は新国立劇場演劇研修所の仲間たちとともにロンドンへ旅立った。航空券・宿代・生活費で15万円という破格の安さで11日間。もちろん税金ではない、自分たちで手配した。行きのスーツケースにはご飯パック・レトルト食品・パスタ麺などなどありったけの食料を積み込み、お金はできるだけ観劇に注ぎ込むという心意気だったのである。 ロンドン滞在中は色々なことが起きた。滞在初日には外からパァンという乾いた音が聞こえ、宿泊先のキッチンで料理をしているとゲイの方に「一緒にゲイタウンに行かないか?」とも誘われた。 このまま書き続けるとただの奇天烈ロンドン旅行記になってしまいそうなので、思い出四方山話はまたの時にしようと思う。 ロンドンでは様々な作品を鑑賞した。ケネス・ブラナー演出の「ロミオとジュリエット」(面白くなかったし、向こうの目の肥えた演劇評論家の言葉も辛辣であった。)、日本でも上演された「The Flick」やノーザンバレエ団のダンス版「1984」、NT LIVEで日本でも上映された「三文オペラ」(オープニングの音楽で号泣した。)、「夜中に犬に起こった奇妙な事件」などなどほぼ毎日劇場に通いつめていた。 そして、観劇した作品群の中に僕が翻訳の第一歩を踏み出すことになった作品があった。それがこれ。 ジョー・ペンホール作「BLUE/ORANGE」。Young Vicという素晴らしい劇場で観劇した。 黒人精神病患者、医学生、医学生の指導教員で構成される男三人芝居であり、それぞれの思惑が舞台上で激しく交流する作品である。 「これがやりたい」 その思いのまま、劇場で売っていた戯曲を勢いで購入し、意気揚々と読み始めた。 … しかし読めるはずがない。そこに書いてあるのは英語である。 勢いで購入したこの戯曲は勢いそのまま本棚の肥やしになっていった。 そこから1年半、「BLUE/ORANGE」に触れることはなかった… 動き出した翻訳家としての時間 2017年9月まで時が飛ぶ。 大学時代の同期、新井ひかる・菅野友美と共に自身の演劇ユニット“Triglav”(トリグラフ)を結成。その最初の話し合いで当然のごとく、旗揚げ公演をどうするかという話になり、そこで本棚の肥やしになっていた「BLUE/ORANGE」のことを思い出したのである。 ロンドンでの初演は指導教員ロバート役を僕が大好きな俳優ビル・ナイが、日本での初演はその役をこれまた大好きな、そして大変お世話になった中嶋しゅうさんが演じた。 中嶋しゅうさんが同年7月に他界され、おこがましいとは思いつつも何か恩返しができないかという思いを僕は募らせていた。 中嶋しゅうさんの他界と新しいユニットの結成。 他人から見たらそこには何もないけど、僕はそこに何かがあると思った、何かがあることにしたかった。自分のエゴかもしれないけど。 「翻訳したい作品がある」 正直、覚悟のいる一言ではあった。英語は大学受験レベル、高校時代にカナダでのホームステイ経験はあるものの喋れるわけでもなく、聞けるわけでもない。でもまずはやってみないと何も始まらない。 そしてTriglav最初の会議から数日後、家の近くにあるタリーズで翻訳家としての一歩目を踏み出したのである。 〜to be continued〜