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人の弱さを許容することは自分の弱さを肯定する理由にはならない。」

私はよく人から優しいと言われる。その言わんとしていることもなんとなく理解できる。
私自身なんでもできる器用なタイプじゃないから、他人に対してもっと上手くやってほしいなんて求めない。できないことを許容した上で打開策を探す。それが人目には優しいと見えるのだろう。

しかし、私からすればこれは優しさなどではなく自分の弱さを肯定するための言いわけでしかないのだと気づいた。人の弱さを許容していれば、自分の弱さも許されると自分を甘やかしているのだ。

自分の弱さを認めなければ前に進むことはできないが、認めることと肯定することは少し違うと思う。

こんなことを考えたのは先日のある出来事がきっかけだった。

先月からアルバイト先の上司が変わり、環境が少しずつ変わっていた。しかし、その上司が何というかあまり仕事のできない人だったのだ。アルバイト柄、上司のミスが直接自分達に影響するため上司に意見をしなければと考えていたのだが、私は何も言わなかった。上司の弱さを許容しようとしたのだ。それでも、どうしようもないジレンマが自分を苛む。言いたいけれど言えないジレンマ。そして自分が優しいと言われる理由を考えるに至ったのである。

↑アルバイトの最中にみつけた消防車。いくつになってもテンション上がるね。

 

私の優しさは自分への甘さでしかなかった。人に何かしらの意見を言うには自分が強くいなければならない。発言したことへの責任を持てるくらいに。その責任を放棄して生きていたんだと思う。

人と真っ直ぐに向き合うために、今一度自分の甘さを断ち切り消防車のように上を向いて行こうと思う今日この頃。

もうすぐ夏が終わる。

 
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