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記録/記憶

8月28日

今、この瞬間、どういう気持ちなのかを記しておこうと思います。

2018年8月28日午前9時、動物病院から一本の電話がかかってきました。

 

「容態が急変しました。」

 

飛び起きて、すぐ動物病院に向かいました。

 

病院では獣医さんが必死に心臓マッサージをしてくれていました。

でも全く目を覚ましません。

 

人間さまの手術室のようなけたたましい心電図の音はなっていませんでした。

 

心臓マッサージをやめて、心電図の数字が0になっても、「ピー」って音は鳴らないんですね。

 

あの時、僕の感情は無でした。

もちろん悲しくないわけがない。悲しくないはずはない。でも、ものすごく冷静に物事を見ていた気がします。

 

遺体を引き取って、車に乗せたら、箱が大きすぎて、僕が座れなくなって、動物病院から20分くらいかけて歩きました。

 

その最中、いろんなことを考えていました。

 

「なぜ大切な存在が消えたのに、あんなに冷静でいられてしまったのだろうか?」

「自分にとっての愛はそんなものだったのだろうか?」

「人間は人間、犬は犬なのだろうか?」

「人間はどう頑張っても犬にはなれないし、犬もどう頑張ったって人間にはなれない。」

「当時、僕が犬を飼いたいと言ったから、我が家に来て、そして死んでいった。僕の当時のワガママ、エゴでこんなことになったんじゃないか。」

 

いろいろ考えていたら、悲しくなりました。病院内の僕は冷静なんかじゃなくて、思考をただ停止していただけなのかもしれない。

 

もうここ一ヶ月はずいぶん弱っていて、何か食べても吐くし、後ろ足が弱って、立ち上がりたくても立てないし、夜鳴きはひどいし。夜鳴きに関しては本当に苦しかったんだと思う。痛いとか、苦しいとか、そういうことを伝えようとしてたんだと思う。

 

帰ってる途中、最後に意思が通じあったような気がした瞬間を思い出しました。

ちょうど二週間前。

 

もうその頃にはずいぶん弱っていて、昼間も寝てばっか、家族が近くを通るとちらっと目を開けて、いることを確認する、いなくなりそうになると、首を上げて、どこにいるのかを確認するくらい。そんなもんでした。

 

でもその日の夜、僕の帰りが遅くなって、部屋は真っ暗の中、自分の部屋に向かおうとした時、穏やかに近寄ってきたのです。

 

その時、僕は勝手に悟ってしまって、泣きながら「今までありがとうね」って話しかけました。

 

やっぱり泣いてると分かってくれるもので、すっとそばに身体を寄せてくれました。

 

こんなのだって、僕がそう思い込みたいだけかもしれない。でもあの時、伝えておいてよかったなとは思う。

 

もう一度元気なマロンに会いたかったなあ。

 

命あるものいつかは死ぬんだから、そりゃそうなんだけど、もう会えないってなると本当に悲しい。

 

いつまでも続くことなんて無いんだなって、すごく思う。

 

悲しい。

 
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